大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ツ)41号 判決

上告人 被控訴人・原告 小林重吉

訴訟代理人 渡辺万作 外二名

被上告人 控訴人・被告 大日方はるせ

訴訟代理人 西沢茂

主文

原判決を破毀する。

本件を長野地方裁判所に差戻す。

事実

上告代理人は「主文第一項同旨及び訴訟費用は被上告人の負担とする。」旨の判決を求め、被上告代理人は本件上告を棄却するとの判決を求めた。

上告代理人は、上告の理由として、別紙添付記載の理由のとおり主張した。なお、山形園松上告代理人は昭和二十九年三月一日附の上告理由書を同日当裁判所に提出したが、右書面は本件についての上告理由提出期間の昭和二十八年九月二十六日を経過した後に提出されたものであるから、不適法なものとして、これについては判断をしない。

上告代理人渡辺万作、高野寛治の上告理由第一点ないし第十点に対する判断。

原判決は、本件不動産についての上告人と被上告人との間の昭和十一年六月一日の契約書である甲第一号証と乙第二号証がその標題に、「不動産買戻契約書」にあることと、その措辞用語が民法所定の買戻契約の規定によつていることを認定して特別の事情のない限り再売買の予約ではなく、買戻契約と認めるを相当とすると説明している。契約について証書を作成した場合には、その証書を重視して当事者の意思を確定すべきことは原判決の認定しているとおりであるが、その解釈にあたつては、文字のみにとらわれることなく、契約書の全部の趣旨を合理的に解釈し、なるべく有効に解釈すべきであつて、このように解釈するについて、契約当事者はもちろんその関係者の供述その他関係書類等を参酌する必要のあることはもちろんである。本件契約書は標題その他の項目が印刷されている用紙が用いられていて、当事者の氏名、金額等が書きこまれていることは、原判決の認定しているところである。一たん売渡した不動産を再び買主から売主に戻す方法は買戻契約が唯一の方法ではなく、再売買の予約という方法もある。又「買戻」という語が再売買の予約という意味に用いられることのあることも、原判決の判示しているとおりである。従つて本件契約の当事者の意思が、いずれの契約による意思であつたかについては、周到にいろいろの事情を斟酌して認定すべきであつて、原判決の判示しているように、本件契約の趣旨は、特別の事情のない限り、その文面どおり契約がなされたとして買戻契約なりと、一がいに推定することはできない。

法律的にみれば、右二つの契約の主な相違点は買戻が不動産売買契約の解除権の留保を内容とする契約であるのに対し、再売買の予約が買主から売主に売買の目的物を更に売渡すことを内容とする売買一方の予約であるという点において性質上の差異が存することはいうまでもないが、そのほかに左記の四つの点である。すなわち、(一)買戻の特約は不動産の売買契約と同時になされることを要するが、再売買の予約は必ずしも同時になす必要がない。(二)買戻の特約は、特約のない限り、不動産の果実と利息とは相殺され、売買代金と契約の費用で買戻しできるのであり、再売買の予約については別にこのようなことはなく、代金は当事者が任意に定め得るが、売買契約当時になされれば、売買代金が一応の標準になることも考へられる。(三)買戻契約は期間は長期十年と限定せられ、右期間を超へた契約期間は十年に短縮されるが、再売買の予約については、このような期間についての定はない。(四)買戻契約は売買契約と同時に登記ができ、登記をすれば第三者に対抗できるが、再売買の予約については、このような登記方法は認められていない。殊に買戻について、売買契約と同時に買戻の登記をしたときは(売買による所有権移転登記と同時に買戻の登記をしたときは)、買戻を以て第三者にも対抗できるとしたことが、民法が不動産の売買について買戻という制度を法定した主要な点であつて、以上(一)ないし(三)の差異が存する理由もその一半はこの点に関係を有するのである。されば或る契約が買戻できるか再売買の予約であるかを判別するについては、右のような登記の存否ということが相当主要な判断の資料となることはいうまでもない。本件の契約についてみるに、契約書の標題には「不動産買戻契約書」とあり、期間は昭和十一年から十五ケ年、買戻代金は売買代金の金三百円とし、それとともに、「本件不動産の収益と代金の利息とは相殺し、いずれからも請求しないが、本件は山林につき年五分の利息を加算する。」と記載されている。又原判決の認定によれば司法書士に証書の作成を依頼するには、通常契約当事者間で取引をなしてから、双方司法書士のところに出向いて依頼するものであることを前提として、当初の売買契約書と本件の契約書を作成した司法書士の事件番号の同一なること等を以て、右両契約が同時に締結せられたと認定している。しかしながら、司法書士に依頼して証書を作成する場合は、証書作成以前に当事者間に交渉がなされて大体話がきまつた後に、当事者双方が司法書士のところに頼みにいく場合の多いことは認められるが、その場合にしても、当事者間において、契約が確定的に成立するのは、多くは司法書士のところで契約書を作成したときであると解するのが相当である。両証書の事件簿番号が同一であることは原審認定のとおりであるが、乙第五号の二である司法書士宮下一の事件簿の昭和十一年六月一日欄の記載によれば、上告人主張のように、証書一通、その紙数一枚半書記料一八と記載されてあるのみで、二通の書類の作成の記載はなく、右一通は枚数を計算すれば、売買契約書(乙第三号証)であつて、本件の契約書(甲第一号証、乙第二号証)でないことを認められる。第二審証人宮下一の関連事件については、同時に依頼されなくても同一番号をつける旨の証言と照し合わせれば、事件番号が同一であることから直ちに両証書の作成が同時であるとの推測はできにくい。代金額の異ることについては、原審は被控訴本人(上告人)の尋問の結果によつて、本件土地は山林で、農地等とは異り収益がないから特に年五分の利息を付することにしたと認定しているが、上段説明のように、本件契約書の文言によれば、「本件不動産の収益と代金の利息とは相殺し、いずれからも請求しないが、本件は山林につき年五分の利息を加算する」と記載されているところと、山林といつても必ずしも収益が皆無ではないことを考へると、当事者の趣旨は、年五分の利息を加算することを重視しており、必ずしも買戻契約の趣旨でなかつたのかも解らない。又期間の十五年についても、原判決は上告人主張のように別段の説明はなく、民法第五八〇条第一項を適用して十年になると説明しているが、当事者が右民法の規定の存在することを知りつつ特に、必要上十五年と期間を約したのか(第一、二審の上告人の本人尋問の結果及び第二審の証人宮下一の証言参照)、或は十五年の期間の点には、特に重きをおかず、買戻のみに重きをおいて契約したのかの点について、別に判示するところがない。又買戻の特約については売買による所有権移転登記と同時に容易に登記し得るものなのに、特に本件の場合に所有権移転登記をしながら買戻の登記をしなかつた点についても、原判決はなにも判示していない。しかしながら、本件契約のように、いずれの趣旨なのか必ずしも明かでない場合には、これらの点をも明にすることが、本件契約が、買戻契約であるのか或いは再売買の予約であつたかを定めるについては必要なのである。

以上説明したとおりであるから、原判決はまだ審理を十分に尽くさず、理由を十分に附したことにならないから、本件上告を理由ありと認め、民事訴訟法第四〇七条第一項によつて原判決を破毀し、本件を長野地方裁判所に差戻すべきものとす。なお、上告人は訴訟の総費用についての裁判を求めているが、原判決を破毀する場合の訴訟費用の裁判は、同法第九六条によつて差戻された裁判所において、事件を完結する裁判でなすべきものであつて、当審の差戻判決でなすべきものではない。よつて主文のように判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

上告理由

第一点、本件で主要の争点は甲第一号証の契約が再売買の予約なりや民法買戻の款に規定せる買戻の特約なりやの一点にあり而して原判決は上告人(被控訴人)の買戻に広狭二義あり時として再売買予約の義に用いらるることありとの主張を顕著なる事実として是認しながら証人宮本一の証言並に被控訴本人尋問の結果により甲第一号証は宮下一が被控訴人及控訴人の代理人としてその夫である亡大日方英賢の依頼により作成したものであること及宮下一が昭和四年以降司法書士として約八年間司法代書事務に携つて居た者であることが認められこれらのことより甲第一号証が再売買予約の趣旨で作られたものでなく却つて真正の意味における買戻の意味を以て作成したものであることが認められると説示して居るが司法書士が当事者の依頼により証書を作成することはその本来の職務であつてそのこと自体が証書記載の契約の性質に何の関係をも有することなく要は依頼者の意思に従つて契約の趣旨を解すべきものである。而して原判決の引用する証人宮下一及被控訴本人は共に明らかに再売買の契約である旨を述べて居るのに之を無視して当事者の依頼により司法書士が代書しその書士が多年代書業に携つていたことを綜合して民法の所謂買戻契約と認めたのは不法であつて判決の理由に齟齬あるものである。恰かも赤か青かの争ひにつき白と白とを綜合して青ではなく赤なりと云うに均しく判決の理由とはならない。

第二点原判決は甲第一号証を卒読すれば其措辞用語はすべて民法所定の買戻契約の規定に依拠して記載されていることが認められると説明しているが、民法買戻の規定たる第五百七十九条には買主が支払いたる代金及契約費用を返還してその売買の解除をなすことを得と規定し第五百八十条には買戻の期間は十年を超ゆることを得ずと規定し第五百八十一条には買戻の特約を登記すれば第三者に対してもその効力を生ずと規定しあるに拘らず甲第一号証には売買の解除と云う文言はなく契約の費用を記載すべき欄には縦線を施して費用の支払を要せざる意を示してあり買戻期間は十五ケ年と明記してあり又買戻の登記をしていないことが認められ民法の買戻の規定に依拠して記載されて居ないことが明らかだからこの点に於て理由に齟齬あり。

第三点原判決は其理由の3に於て本件契約が当初の売買契約とは時を異にして両者別箇に又独立に締結されたものと認定するに足る証拠はなく却つて乙第五号証の一、二により再契約が同時に締結されたものと推認されると説明しているが原判決の援用して居る証人宮下一は明かに甲第一号証の契約が売買契約成立し其所有権移転登記終了後に成立したものなることを反覆明白に述べて居り又乙第五号証の二たる宮下一の事件簿にも進行番号四九二号六月一日嘱託人小林重吉、大日方はるせ所有権移転事件の代書書類中には証書一通その紙数一枚半書記料一八と記載してあつて他に証書の記載なく之を甲第一号証乙第二、三号証と対照すれば右の証書一通は乙第三号証の売渡証書を指すもので同時に甲第一号証乙第二号証の作成されては居ないことが明かである。詳言すれば乙第三号証は紙数一枚半で書記料十八銭と記載しあり右事件簿の記載に符合し甲第一号証乙第二号証は共に紙数二枚で書記料各二十四銭なることが証書自体により明かである。依つて右四九二号の嘱託により作成されたものでないことが明らかである。従つて乙第三号証の欄外に事件簿番号第四九三号とあるは四九二号であつて其誤記であることが明かである。斯かる完全な異時締結の証拠が存在するのに之れをないと断じて漫然援用したるは理由不備の違法である。

第四点原判決はその理由三の4に於て民法に十年を超ゆる長期の買戻期間を定めたときは之を十年に短縮する旨の規定あることを理由として被控訴人の十五年を期間とする本件契約は民法所定の買戻の要件を欠き再売買の予約であるとの主張を独自の見解であるとして排斥し去りたるも上告人は敢て民法の規定を無視し十五年の買戻契約は全部無効だと主張するものではなく民法の買戻特約か再売買の予約かについて争ある場合には之を全部有効となる後者の意に解すべきで一部(十年を超ゆる部分)無効となる前者の意に解すべきものではないと主張するのである。凡そ意思表示にして有効無効両様に解し得べき場合に於ては有効のものと解釈すべきは解釈法上の原則である。本件の如く前者とすれば十年を超ゆる部分は無効となり後者とすれば全部有効となるのだから之れを後者に解すべきものであると云うのである。殊に作成者たる宮下一は原判決の認むる如く多年代書業に携はつて居る者が法定の買戻期間を超ゆる十五年の期間を民法の買戻の意味で代書する理由は更にない。依つて原判決は理由不備である。

第五点原判決は又仮りに本件契約につき登記手続がされていないにしても再売買の予約とは言い得ないと説明しているが買戻契約は登記すれば第三者に対しても効力を有することは民法の規定するところであるから売買と同時に買戻しの特約を附したものとすればその売買登記の際その特約を登記して置くことが通常で別に手数も費用も要するものでないから登記せないが特約だと言うならばその登記しない理由を説明すべきで登記のないことが直ちに再売買の予約だとの理由にはならないにしても本件の如く買戻特約か然らざれば再売買の予約なりとの案件については登記の出来る買戻特約について登記が無いときは買戻ではなく再売買の予約だと推定すべき案件である。原判決は上告人が原審に於て之を強く主張したるに拘らず登記の有無さへ判断しないのは理由不備である。

第六点原判決は本契約が当初の契約とは別箇に新たなる売買契約を締結する意思のもとになされたと認めるに足る証拠は全証拠によるもついに発見し得ないと大膽に説明して居るがこれは被控訴人に有利なる幾多の証拠を全然無視したもので全証拠中には証人宮下一被控訴人本人の陳述乙第二、三、五号証(第三点参照)等々新契約締結の意思を認めることの出来る証拠が山積して居るのを無視したものである。

第七点原判決は証拠により被控訴人が本件契約締結の意思は主として将来に於て失はれた財産を原状に復するにあつたことを売買契約解除の意思に出でたるものと認める資料として居るが失はれた財産を原状に復する点に於て所謂再売買と狭義の買戻との間に何等の差異もなく本件争点を判断する資料とはならない。

第八点原判決は当地方に於て通常買戻特約売買契約を返り書附売買と言い被控訴人も亦日常本件契約を返り書附と言つていたと認め之を以て解除権留保の意思の下に締結されたものと認定して居るが原判決は其前段に於て是認せる如く買戻に広狭二義あり再売買の予約も亦買戻と称し居る顕著なる事実と同様返り書附売買と云うも亦此両者を包含し居ること顕著なる事実なるを以て原判決は前後の理由に齟齬あるものである。

第九点原判決は本件契約の代金が当初の売買代金と異ることを認めながら本件土地は山林で農地と異り格別収益とてもないから年五分の割合による利息をつけることにしたと認定して居るが山林とても間材枯枝下草の採取落葉の収拾等により燃料肥料等相当の収益あることは顕著なる事実で殊に本件の山林は控訴人の認める如く控訴人居宅の敷地とは県道と之に沿う小川とを距てて向う側に接続して近くの位置にあり控訴人としては好適の場所にありてその収益につき多くの費用を要せざる事情なれば収益なきため外に五分の利息を支払う理由なく原判決は顕著なる事実を無視したる違法あり。

第十点本件土地の売買物件中には農地畑十六歩を包含していることは甲第一号証の目録により顕著なる事実なるに之れを無視して本件土地は山林で農地と異り格別収益とてもないから年五分の割合の利息をつけることにしたと認定しているのは誤りたる前提の下に結論を出したので理由に齟齬あり。

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